帰省から戻ってきた翌日、すっかりのんびりしていた脳に刺激を与えるべく原宿へ向かいました。

 

竹下通りのすぐ近くのお店で開かれている気になる画家さんの展示へ。

お店に着く前に人混みとカタコトの日本語で受ける勧誘という洗礼を受け、たどり着いた薄暗い店内は綺麗な絵で飾られていました。

入れ替わり立ち替わり女の子ばかりが訪れるギャラリーで、みんな絵に恋をするみたいにその美しさを目に焼き付けていて、女の子はやっぱり恋をして生きているのだなと思いました。

女の子の好きは愛より恋であればいいと思います。
明確な理由や好きだからこうしなきゃみたいな義務を伴わない、衝動的で盲目的な好きであればあるほど、女の子は魅力的だと思います。

残り僅かではありましたがお目当ての画家さんのステッカーをなんとか手に入れ、次は五反田へ。

 

駅のホームの立ち食い蕎麦に初挑戦しました。牛丼屋さんやラーメン屋さん、大学の学食も食券だったのに、食券機の前に立つとなぜか緊張してしまいます。間違ったら、とか、お金を入れるタイミング、とか。
後ろに人が並ぶとその緊張に焦りも加わり、家計簿をつけているのにいつも領収書ボタンを押し忘れてしまいます。

 

お腹が膨れたところで次はミスiDを通じて出会った工藤あかりさんが参加されているグループ展へ。

向かう道すがら、よく知るお顔とお声を感じ取りハッとしたら小林司さんでした。

瞬間、目があったと思うのですが進行方向が逆だったため、お声をかける一瞬のタイミングを逃してしまい、そのまますごい速さで見えなくなってしまいました。
私とすれ違う瞬間お連れの方に対して発された1つの単語が私の中にずっと残っています。
2017年までを振り返っての大きな反省点であったこと、2018年の課題としていたことをあらわす単語をその瞬間小林さんが発語されたので、なんだか頭をごつんと殴られたような鈍痛を勝手に感じてしまいました。

 

話しかけられなかったこととその反省の両方を抱えて工藤さんの展示へ。

ホームページから作品を見せていただいたりしていたのですが、今回の展示では空間ごと工藤さんの色を表現されていて、なんだか工藤さんの中にいるようでした。

ソファーの上もモニターの前も、私物だというぬいぐるみがたくさんいて、猫耳付きのモニターや作品に混ざって貼ってあるお寺のパンフレット。懐かしいキャラグッズのパッケージを使った作品や、ファミコンのコントローラー。
一番のお気に入りだというおさるのまさるくんが着ている服は手作りでかわいくて、ゲームは工藤さんの服を着た主人公を動かして、工藤さんの周囲の方のクローンと共に、工藤さんの思い出を旅するというもの。

ゲームをしている私の似顔絵を隣に座る工藤さんが描いているその時間は、小学一年生の時仲良しだったあの子と同じ部屋で別々のマンガを読む放課後を毎日共有していた感覚に似ていて、嬉しくなりました。

工藤さんは無邪気さや幼さを感じさせる可愛らしい顔立ちと、どこからか湧き出ている艶めかしさが、ご自身の描かれる女の子から受ける印象に似ていて、やはり作品は作家の子なのだと感じました。私は工藤さん自身もその子である作品もとても好きです。飽きっぽく集中力のない私には、あんなに素敵な作品はたとえ工藤さんと同じ技術を持っていても作れないのだろうなと思います。尊敬します。

 

一日で2つも展示を鑑賞し、どちらもグループ展だったので10人以上の方の作品を拝見しました。

昔から文化祭の展示や公民館の俳句展など、見て回るのが好きだったことをこの数年間忘れていました。東京に来て3年。好きと決めたものを追いかけようとするうちに、好きだったものを忘れていった気がしています。
今年は好きだったものを思い出す年にしたいです。

頑張って好きになったトマトや納豆は好きなままで。

 

平井早紀