こんにちは、平井早紀です。

 

花粉症が猛威を振るっています。
外気がぬるくなりました。
春です。

 

冬の空気はピンと張ったテグスを思い出します。
小学生の頃、ビーズ遊びが好きでよくアクセサリーやマスコットを作っていました。
細いテグスに細かいビーズを通していく作業はとても繊細で神経を使うのですが、母と材料を手芸店に買いに行って、自分にしか作れない作品を作っていくのがとても好きでした。

 

冬のテグスに対して、春の空気はベルベットのリボンみたいです。柔らかくてスルスルとしていて心地がいいけれど、静電気を帯びやすいし扱いが難しいから、憧れるし纏っていたいけれど、なんだからめんどくさい…。

春になるとほがらかで気分がいいのに、そのもったりとした空気に溶けてしまうのがもどかしい気がして、好きだけど嫌いです。

 

松田聖子さんの「ベルベット・フラワー」という曲を思い出します。
黒いベルベットを纏う彼の隣、ぬるい春の空気がぬるいまま流れて過ぎていくのをただ眺めることしかできない女の子の歌です。

 

追い風にも向かい風にもならず、もったり絡みつく春が、好きだけど嫌いです。

 

私はそんな春に生まれ、つい先日、3/11に無事25歳になりました。

生まれて四半世紀。もう25歳、とも、まだ25歳、とも思いますが、どちらにせよ毎年自分の手の中にある幸せを実感する、ほんとうに素敵な日です。

私が生まれた日を憶えていてくれる人たち、祝ってくれる人たち、この世に私が生きているということを笑顔をもって受け入れてくれている人たちがこんなにもたくさんいるということ。

わかっているつもりでいても日常の中ではいつも実感しているわけではなくて、時折フラリと闇の中に身を隠してしまいたいような気持ちになることもあるけれど、そんな時は皆さんの「おめでとう」を思い出して「ありがとう」を胸に生きなくては、と思います。

 

25年前、今の私よりも若い体で私をこの世に生んでくれた母を同じ女として偉大だなと思います。

そして25年間ずっと愛してくれた両親や祖父母、クールだけど優しい、同志のような存在の弟がいて、今の私があり、
25年間のすべての時間、それを共有したすべての人たちがいて、今の私があります。

 

その人たちに感謝していたいから、私は今の私を肯定して、大切にしたいと思います。肯定できる私でいたいと思います。
何があっても。

 

偶然にも7年前の3/11に起きた未曾有の大災害は、私の大切な日を、さらに大切な、命を思う日に変えました。

あの日から数年間、哀しみに溢れた日に誕生日だなんだと浮かれてしまっていいのか、大切な人たちにこの日を祝わせてしまっていいのか、落ち込むこともありました。

だけどお芝居をはじめて、何かを表現し、伝えて、誰かの気持ちを動かすことができる、そんなことを仕事としてやろうとするならば、この不思議な縁を悲しんでも仕方ないと思うようになりました。

3/11に生まれた私だからこそ、考えられることがある、伝えられることがきっとあると信じて、この日に向き合い続けていきたいです。

 

哀しいのは、幸せだったから。

25歳、一歩一歩大きくなって、誰かが幸せに気づくきっかけになれたらと思います。

 

平井早紀