こんにちは、平井早紀です。

 

ブログを書いては辞め、書いては棄て、してしまうので、また久しぶりになってしまいました。

言葉を操る人というのを尊敬します。とっても難しくて困ってしまいます。

 

今日は、Twitterにかなり前に予告した、身軽なことが好きなんだよなぁということについて書こうと思います。

 

そうです。身軽なのが好きです。

荷物はできるだけ軽くしていたいです。

服装も出来るだけ身軽にしていたいです。

もこもこするのは可愛くて好きなのに、5分で嫌になってしまいます。

 

正直連絡手段とお金があれば、他はどうにでもなるでしょって考えで生きています。

 

なのに、いつも荷物が多いです。

 

え、なんでさ、矛盾してるだろがいと、思われたことでしょう。

私も思っています。

 

なので考えました、なぜなのかと。

 

いや本当に、できるだけ身軽にしたいのです。

ですが私はそのあたり、あまりに大胆すぎるふしがあり、「いやいや一般的に、これくらい持っておいた方がいいのでは…」と考えて荷物を詰めます。

そこで思うのです、一般的とは果たしてなんなのか。

 

そして一般を狭めます。その日に会うかもしれない人のことを考えます。

これを持っていなければあの人はどう思うだろう、これを持って行くとあの人の役に立てるかもしれない、この人はこれくらいの荷物を持っているだろうから、私もこれくらい待っていこう…

 

そうです。結果、1日バッグから出さない荷物が増えていくのです。

 

なんだそうじゃないか。

私、誰とも会わない日の荷物は恐ろしく軽い。

 

この状況に気づき、私は軽いショックを受けました。

会うかどうかもわからない人のことを勝手に想像して、荷物を詰める段階から対人不安を感じているのです。

 

なんとも面倒な性格です。

そりゃあ100回に1回はそれが役に立ったり、相手を楽しませたりします。

ですが99回は、ただただ身軽でいたい私を疲れさせ、快適さを欠くだけの大荷物となっているのです。

 

それなら自分をご機嫌でいさせるに十分な荷物だけを持ち、いつでもご機嫌でいることの方がどれほど重要か。

 

誰かの気持ちを動かそうと無理をするよりも、流れていく気持ちや時間や景色を、自由に感じて自由に動くことができる状態でいることのほうが、どれほど相手との空間を幸せにするか。

 

少しくらいのトラブルなんて、誰かと一緒に解決すれば良いのです。

その方がよっぽど幸せな時間なのかもしれません。

 

 

そんなことを考えながら、今日もつめてしまった荷物をすこし減らして出掛けるのでした。

 

 

平井早紀